第1回[転倒事故](東京都介護福祉士会ニュース第57号所収)
4.Q&A
Q4.損害賠償の内容を教えてください。
A4.損害賠償の内容には、大きく分けて(1)積極的損害、(2)消極的損害、(3)慰謝料があります。積極的損害は、治療費や葬儀費用など事故が原因で新たに支出を余儀なくされた損害をいいます。消極的損害は、休業損害や逸失利益などをいいます。慰謝料は、精神的損害など財産以外の損害に対する賠償をいいます。
 本件では、積極的損害として1.治療費、2.入院雑費、3.入院付添費、4.葬儀関係費用が認められています。消極的損害としては逸失利益が、慰謝料としては1.入院慰謝料、2.死亡慰謝料が認められています。
(1)積極的損害については、特別高額な個室を使用したとか、高価な葬儀を営んだような場合を除き合理的な範囲であれば実際に要した費用が損害として認定されます。
(2)逸失利益というのは、生きていれば得られたはずの利益という意味です。逸失利益は、平均余命と収入から将来の総収入額を計算し、ここから生活費と中間利息を控除したものです。中間利息の控除についてはライプニッツ式が一般です。
 本件の場合は、余命は4年で、収入は老齢年金を年3,011,300円受給していました。これに対し、生活控除率は7割としました。これらを基礎にライプニッツ式で逸失利益を計算すると次のようになります。(なお、本件のライプニッツ係数は3.5459です。)

3,011,300円×(1.0-0.7)×3.5459=3,203,330円

(3)慰謝料について判決は、入院慰謝料と死亡慰謝料を合わせて1200万円と算定しています。本件で山田さんは、転倒事故による骨折で平成11年12月10日から平成12年4月29日に死亡するまでの約4ヵ月半の間入院を余儀なくされています。入院慰謝料額と死亡慰謝料額の内訳については特に言及されていません。慰謝料については、精神的損害に対する損害賠償であるといわれていますが、実際上は損害賠償額の調整的な役割も果たしているとも言われています。
医療事故については、慰謝料の額は近年高額になっています。これについては、医療事故が容易に減少しない状況が続いていること、国民の権利意識が高揚していることなど種々の理由が考えられます。介護事故についても、医療事故と区別すべき理由は特にありませんので、今後慰謝料の額が高額化していくことが予想されます。
(4)本件では、山田さんの損害額は総額で17,206,545円と算定されました。しかし、実際には相続人3名について6,866,145円しか認められていません。これはなぜでしょうか。
(5)本件のような介護事故や、交通事故の場合加害者だけではなく被害者の行為が損害発生に原因を与える(寄与する)場合があります。そのような場合には、その点を考慮して責任の範囲を定めるのが公平にかなっています。これを「過失相殺」といいます。
 本件で、裁判所は山田さんは自立歩行が可能で、簡単な指示であれば理解し、判断することができたのであるから自身の不注意によって生じたものであるとして、A医院が山田さんに与えた損害は全体の4割の6,882,618円としました。
(6)以上の額を基準として、遺族厚生年金について損益相殺をし、弁護士費用を全体の1割と認定して判決の金額となっています。


Q5.相続人は3名ですが、それぞれの割合はどのように決まるのですか。
A5.事故の被害者本人が死亡した場合、被害者が取得した損害賠償を請求する権利を相続人が相続します。相続は、遺言書がない場合法定相続といって民法の定める割合で各相続人が相続します。本件のように、被害者の妻と子供が2人の場合、妻が2分の1、子供がそれぞれ4分の1を相続します。各人が全額を貰えるわけではありません。そして、個別の事情は個別に判断されます。本件では、妻の夏子さんは遺族厚生年金を受給していたため損益相殺されましたが、秋子さんと春子さんについてはそのような事情がないため損益相殺はされませんでした。


5.コメント
 本件の事故の経緯を見てわかるように、事故の原因は単純です。しかし、これは後から見て言えることであってたいていの事故はこのような単純なミス、不注意によって発生しています。なぜこのような単純なミスを犯すのでしょうか。原因のひとつとして考えられるのは、同じコースを毎回送迎するという決まった行動パターンの繰り返しが注意力の散漫を生み出したということです。判決では、A医院の債務不履行が判断の中心だったため、このような点には言及されていませんが介護士個人の不注意の原因を考える場合は挙げるべきでしょう。
 本件では、責任を負担したのは直接事故を起こした介護士ではなく、介護士を雇用していたA医院です。しかし、最近は専門職の直接責任を問うべきであるとの考えが広まっており、医療事故では病院などの医療法人だけでなく、専門職である看護師、臨床検査技師などに対して損害賠償責任を追及する訴訟が多くなっています。介護従事者としても、他人事と高をくくっている状況ではありません。
 仮に、本件のように介護士が法律的な責任を追及されなくても、事故を起こしてしまったら精神的にもつらい状況になり、職場にも居づらくなるのが一般でしょう。
以上

【事件番号】東京地方裁判所・平成13年(ワ)第21116号
【判決日付】平成15年3月20日
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